水戸地方裁判所 平成10年(行ウ)20号 判決 2000年2月15日
原告
神山孝
右訴訟代理人弁護士
江藤馨
被告
日立税務署長 藤岡武
右指定代理人
加藤裕
同
須藤哲右
同
栗原久
同
飯田信一
同
青栁浩
同
藤沼正彦
同
中沢信明
同
磯野宏
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が平成九年二月五日付けでした原告の平成七年一二月六日相続開始に係る相続税の更正のうち、課税価格三億三〇三万二〇〇〇円、納付すべき税額六六九三万四八〇〇円を超える部分を取り消す。
第二事案の概要
一 本件は、平成七年一二月六日開始した相続(以下「本件相続」という。)により茨城県日立市鹿島町一丁目一五七番所在の宅地(以下「本件土地」という。)等の相続財産を取得した原告が右相続開始に係る相続税の更正の請求を行ったのに対し、被告がその一部についてのみ理由があるとして更正処分をしたことにつき、原告が右更正処分のうち前記超える部分の取消しを求めた事案である。
二 争いのない事実及び証拠等により容易に認められる事実(段落末のかっこ内に証拠等を掲記する。以下同じ。)
1 本件課税処分の経緯
原告及び神山ハルは、平成七年一二月六日に死亡した神山孝二の共同相続人であるところ、原告らの本件相続に係る相続税の申告とこれに対する更正等の経緯は、別表一のとおりである(甲第一号証二五頁別表1)。すなわち、
(一) 原告は、平成八年九月六日、課税価格を四億二五九五万円、納付すべき税額を一億七八八万一五〇〇円とする本件相続に係る相続税の申告をし、さらに同年一一月一一日、預貯金の一部に申告漏れがあったとして、課税価格を四億三〇五五万三〇〇〇円、納付すべき税額を一億一〇〇〇万四三〇〇円とする修正申告をした。
(二) さらに、原告は、同日、課税価格を三億三〇三万二〇〇〇円、納付すべき税額を六六九三万四八〇〇円に減額すべき旨の相続税の更正の請求を行った。なお、その課税価格の明細は、次のとおりである。
(1) 取得財産の価額 三億一四八三万二八〇二円
(内訳)
本件土地の価格のうち課税価格に算入される価格 三億一〇二三万〇四八〇円
その他の取得財産価格 四六〇万二三二二円
(2) 債務及び葬式費用の金額 一一八〇万〇六七四円
(三) 被告は、平成九年二月五日、右更正の請求について一部のみ理由があるとして、原告に対し、課税価格を四億二九六四万八〇〇〇円、納付すべき税額を一億九七四万七〇〇〇円とする更正処分(以下「本件更正処分」という。)をした。なお、その課税価格の明細は、次のとおりである。
(1) 取得財産の価額 四億四一四四万八七八〇円
(内訳)
本件土地の価格のうち課税価格に算入される価格 四億三六八四万六四五八円
その他の取得財産価格 四六〇万二三二二円
(2) 債務及び葬式費用の金額 一一八〇万〇六七四円
2 原告は、平成九年二月二八日付けで、本件更正処分を不服として、被告に対し異議申立てを行ったが、被告は、原告に対し、同年六月九日付けで、右異議申立てを棄却する旨の決定をした(甲第二号証)。
3 そして、原告は、平成九年七月八日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、国税不服審判所長は、平成一〇年七月二二日付けで、右審査請求を棄却する旨の裁決をした(甲第一号証)。
4 そこで、原告は、平成一〇年一〇月一九日、本件訴訟を提起した(当裁判所に顕著)。
三 争点
被告が行った本件土地の評価は合理性を有するか。
第三争点に対する判断
一 本件土地の評価方法について
1 相続税法二二条は、相続により取得した財産の価額は、特別に定める場合を除き、当該財産の取得の時における時価による旨を定めており、右にいう時価とは、課税時期において、それぞれの財産の状況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立する価額、すなわち、当該財産の客観的な交換価値をいうものと解するのが相当である。
しかし、このような客観的な交換価値は、必ずしも一義的に把握しうるものではないことから、課税実務上、国税庁長官が定める財産評価基本通達(昭和三九年四月二五日直資56・直審(資)17。以下「評価通達」という。)に基づく画一的な評価方法によって相続財産を評価することとされている。これは、相続の発生の都度これを個別的に評価するとすれば、評価方法の違いや取引実例の欠如等によって、事案毎に異なる評価額が生じる結果となって、租税負担の公平を害するおそれがあり、かつ、大量の課税事務を処理すべき課税庁に過大な負担と費用を強いることになるから、課税庁が準拠すべき一般的で簡便な評価方法を定め、これによって課税実務を運用するほうが、合理的であると解されるからである。
2 評価通達の定める路線価方式の合理性について
(一) 乙第一号証、第五号証によれば、評価通達における評価方法は、次のとおりである。
(1) 市街地的形態を形成する地域にある宅地については、その宅地の面する路線に付された路線価を基とし、奥行価格補正等を施して計算した金額によって評価する路線価方式を採用する(評価通達11、13)。
(2) 路線価は、宅地の価額がおおむね同一と認められる一連の宅地が面している不特定多数の者の通行の用に供されている路線ごとに設定され、その価額は、売買実例価額、公示価格(地価公示法六条の規定により公示された標準値の価格)、精通者意見価格等を基として、国税局長がその路線ごとに評定した一平方メートル当たりの価額とする(評価通達14)。
そして、路線価は、公示価格を基準とする考え方に立ち、平成四年分以降については、公示価格の評価時点にあわせて、評価時点をその年の一月一日とし、また、評価時点であるその年の一月一日以後の一年間の地価変動にも耐えうるものであることが必要であること等の評価上の安全性を配慮して、公示価格水準の八〇パーセント程度を目途に定められている(なお、相続税法二二条にいう時価とは、前述のとおり、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立する価額、すなわち、当該財産の客観的な交換価値をいうものと解されるところ、公示価格とは、自由な取引が行われることとした場合におけるその取引において通常成立すると認められる価格であることからすると(地価公示法二条二項)、両者はほぼ同義であると解することができる。)。
(二) 以上のことからすると、評価通達の定める路線価方式による評価には合理性が認められ、路線価方式による評価によることが不適当であるような特段の事情がない限り、それに基づいて評価した土地の価額は、相続税法二二条にいう時価の範囲内であると解するのが相当である。
3 本件土地の路線価方式による評価
本件土地は、通称日立銀座通りに面し、間口距離が約二〇メートル、奥行距離が約四九メートルで四方の路線に面する宅地である。また、本件土地は、相続開始日現在まで、有限会社神山商事に賃貸されており、神山商事は、これを株式会社日立会館に転貸していた。(弁論の全趣旨)
乙第二号証によれば、本件土地が面する各路線に付された平成七年分の路線価(以下「本件路線価」という。)は、南側の正面路線価が一平方メートル当たり三四万円、東側の側方路線価が一平方メートル当たり二〇万五〇〇〇円、西側の裏面路線価が一平方メートル当たり二〇万五〇〇〇円、北側の裏面路線価が一平方メートル当たり一二万五〇〇〇円であることが認められる。そして、本件路線価を基に本件土地の評価額を求めると、別表二記載1のとおり、四億六八九五万一九四〇円となり、右評価額に租税特別措置法六九条の三(小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例)第一項の規定(以下「本件特例」という。)を適用して算出した評価額は、同表記載2のとおり、四億三六八四万六四五八円である。
二 本件土地の路線価方式による評価の修正の必要性
1 前述のとおり、評価通達の定める路線価方式による評価には合理性が認められ、特段の事情がない限り、それに基づいて評価した土地の価額は、相続税法二二条にいう時価の範囲内であると解されるところ、土地の評価の基礎とされた路線価の価格時点以降において時価が大幅に下落し、右路線価を基に評価した土地の価額が当該土地の相続開始時の時価を上回るような場合には、右特段の事情があるとして、一定の修正を行う必要性が生ずるものと解される。
2 そこで、本件土地と同一用途地域(商業地域)内に存在し、容積率が同一(四〇〇パーセント)で本件土地に近隣する日立市鹿島町一丁目一九六番の公示地(以下「日立5―1の公示地」という。)及び日立市助川町一丁目一一〇番一外の公示地(以下「日立5―3の公示地」という。)の平成七年と平成八年の各公示価格を比較してみる。
乙第六、第七号証によれば、平成七年一月一日及び平成八年一月一日(前述のとおり、公示価格の基準日は毎年一月一日である。)時点の日立5―1の公示地の各公示価格は、四五万円及び四一万円であり、その下落率は、約八・九パーセントであることが認められる。また、同様に、平成七年一月一日及び平成八年一月一日時点の日立5―3の公示地の各公示価格は、四〇万五〇〇〇円及び三六万一〇〇〇円であり、その下落率は、約一〇・九パーセントであることが認められる。
そうすると、本件土地の評価の基礎とされた路線価の下落率も二〇パーセントを超えていないものと推認することができ、路線価は評価の安全性等を考慮して平成七年一月一日時点の公示価格水準の八〇パーセント程度に定められているのであるから、路線価を基に評価した本件土地の価額が相続開始時である平成七年一二月六日の時価を上回るということはできない。
3 つぎに、通称日立銀座通りをはさんで本件土地の向かい側に存在し、本件土地と同一用途地域(商業地域)内に存在し、容積率が同一(四〇〇パーセント)である日立市鹿島町一丁目一〇二番の基準地(以下)「日立5―3の基準地」という。)の平成七年と平成八年の各標準価格を比較してみる(なお、相続税法二二条にいう時価とは、前述のとおり、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立する価額、すなわち、当該財産の客観的な交換価値をいうものと解されるところ、基準地の標準価格とは、毎年七月一日時点における一平方メートル辺りの価格であり、自由な取引が行われるとした場合におけるその取引において通常成立すると認められる価格であることからすると(国土利用計画法施行令九条二項)、両者はほぼ同義であると解することができる。)。
乙第八、第九号証によれば、平成七年七月一日及び平成八年七月一日時点の日立5―3の基準地の各標準価格は、四〇万九〇〇〇円及び三四万五〇〇〇円であり、六万四〇〇〇円下落したことが認められるところ(その下落率は約一五・六パーセント。)、右下落率をもとに平成八年一月一日時点の価格を求めると、三七万七〇〇〇円となる。
そして、前述のとおり、路線価と基準地の標準価格は、ともに相続税法二二条にいう時価、すなわち、客観的な交換価値の範囲内にあるところ、本件土地と日立5―3の基準地とは正面路線を同じくしていることからすると、日立5―3の基準地の右時点修正後の標準価格は、本件土地の本件相続開始時の客観的交換価値と一致するということができる。そうすると、被告の行った本件土地の評価の基となる平成七年分の正面路線価が三四万円であるのに対し、日立5―3の基準地の右時点修正後の標準価格が三七万七〇〇〇円であることからすると、被告の算出した評価額が、本件相続開始時である平成七年一二月六日現在の時価(客観的交換価値)を上回るということはできないといわざるを得ない。
三 原告主張の本件土地の評価額について
1 原告は、不動産鑑定士吉海正一(以下「吉海鑑定士」という。)により行われた鑑定評価(以下「吉海鑑定」という。甲第三号証。)により求められた鑑定評価額三億三三〇三万四八〇円及び不動産鑑定士西村弘道により行われた鑑定評価(以下「西村鑑定」という。甲第五号証。)により求められた鑑定評価額三億二〇〇〇万円を斟酌して路線価の修正をすべき旨主張しているので、以下、右両鑑定について検討する。
2 吉海鑑定について
(一) まず、吉海鑑定においては、本件土地と同一需給圏内の類似地域に所在する四件の取引事例(甲第三号証一三頁の区分に従い、これらの取引事例を「取引事例<1>」ないし「取引事例<4>」という。)を比較し、地域的特性が本件土地と比較的類似しているとして、取引事例<2>の試算値を重視している。しかし、取引事例<1>は、本件土地に最も近接しているにもかかわらず、(乙第一二号証参照)、これを重視していない一方、取引事例<2>を重視し、取引事例<2>の試算値を標準画地価格としていることにつき、より商業的であり地域的特性が本件土地と比較的類似していると述べるだけで、それ以上の合理的理由を示していないことからすると、吉海鑑定により算定された標準画地価格が合理性を有するということはできないといわざるを得ない。
(二) つぎに、吉海鑑定においては、日立5―1の公示地の公示価格を基準として本件土地の価格を試算しているところ、日立5―1の公示地は本件土地に近接しているにもかかわらず(甲第六号証添付図面、乙第一〇号証参照)、後背地の範囲、後背地の人口、顧客の購買力等を理由に、一四〇分の一〇〇の地域格差を考慮しているが、その合理的理由を認めることはできない。
(三) さらに、吉海鑑定においては、日立5―3の基準地の標準価格に時点修正をして本件土地の価額を試算しているが、前述のとおり、基準地の標準価格は自由な取引が行われるとした場合におけるその取引において通常成立すると認められる価格であるところ、日立5―3の基準値は通称日立銀座通りをはさんで本件土地の向かい側に存在するのであるから、本件土地の評価に当たっては、右標準価格を考慮すべきものと解されるにもかかわらず、特に何らの具体的理由を示すこともなくこれを考慮しておらず、この点からしても、吉海鑑定の合理性を認めることはできないといわざるを得ない。
(四) ところで、吉海鑑定士は、本件土地は近隣地域の標準的地積に比して大規模な画地であり、総額も高額となるから、減価する必要性があるにもかかわらず、被告が行った本件土地の路線価方式による評価においては、その点が留意されていないと批判する(甲第六号証)。
しかし、前述のとおり、本件土地は商業地域内に存する容積率四〇〇パーセントの土地であって、大規模画地としての利用が可能であるから(この点、吉海鑑定士も、本件土地の最有効利用は、店舗・事務所付のマンションであるとしている(甲第三号証参照)。)、標準的地積の画地に分割することを前提とする減価を行う必要性は必ずしも大きくなく、また、大規模画地であり総額が高額となるというだけで、大幅な市場性減価をしなければならないとまでいうこともできない。その一方で、被告は、本件土地の評価に当たっては、奥行、間口、形状等の個別的要因を考慮し、画地調整を行っているのであるから(別表二参照)、被告が行った評価には合理性を認めることができる。
(五) また、吉海鑑定士は、被告が行った本件土地の評価においては、本件土地の個別的な時点修正がなされていないと批判する(甲第六号証)。しかし、乙第一三号証によれば、時点修正率は、価格時点以前に発生した多数の取引事例について時系列的な分析を行い、さらに国民所得の動向、財政事情及び金融情勢、公共投資の動向、建築着工の動向、不動産取引の推移等の社会的及び経済的要因の変化、土地利用の規制、税制等の行政的要因の変化等の一般的要因の動向を総合的に勘案して求めるべきであることが認められることからすると、被告が個別的要因を考慮した時点修正を行わなかったからといって、不合理であるということはできない。
(六) さらに、吉海鑑定士は、被告が算出した本件土地の評価額を基に、日立5―3の基準地の平成七年七月一日から平成一〇年七月一日までの標準価格から算出した時点修正率を乗じた価額で、平成一〇年九月二四日、宅地建物取引業者と専任媒介契約を締結したにもかかわらず、右価額によっては未だに買主が現れないことからすると、被告が算出した本件土地の評価額は、相続税法二二条の時価ではないと主張する(甲第六号証)。しかし、本件土地の相続が開始したのは、あくまで平成七年一二月六日であるから、平成一〇年七月一日までの標準価格により算出した時点修正率を乗じた価格で、現時点において買主が現れなかったとしても、それをもって直ちに被告の行った相続開始当時の本件土地の評価額が相続税法二二条の時価でないということはできない。
3 西村鑑定について
(一) まず、西村鑑定においては、日立5―3の基準地の標準価格をもとに、価格変動率を二五・二パーセントとしているが、その算出根拠が明らかでなく、合理性を認めることができない。
(二) また、西村鑑定においては、競売事例価格を基に、時点修正を行い、平成七年一二月時点の本件土地の価額を算出しているところ、その価格変動率の算出根拠が明らかでないだけでなく、競売における売却価額は、競売市場の特殊性という性質上、必ずしも一般取引市場において形成される金額と同一視することはできないことからすると、西村鑑定が合理性を有するということはできないといわざるを得ない。
四 以上のことからすると、本件相続開始にかかる相続税の課税価格及び納付すべき税額は、被告の主張するとおりの金額となり、本件更正処分は適法である。
第四結論
よって、原告の請求は、理由がないから、棄却することとする。
(裁判長裁判官 矢﨑正彦 裁判官 坂野征四郎 裁判官 松下貴彦)
別表一
本件更正処分の経緯
<省略>
別表二
1 本件土地の評価額の計算
<省略>
2 本件土地の価額の計算(本件特例の適用)
<7> (割合)
468,951,940円×200m2/1,460.66m2×50/100=32,105,482円
468,951,940円-32,105,482円=436,846,458円
注 (割合)は本件特例一号に規定する割合